若狭の恵の物語


福井県小浜市宮川地区

この地で、若狭初のメガファーム『若狭の恵』は誕生しました。
日本地図で見ると・・・




小さすぎて分かりませんね^^;

福井県の・・・



これでも分かりづらいのですが…

嶺南地方のちょうど真ん中あたり
周りを山に囲まれた、静かな田園の里です。





小浜市内12地区の中でも、一番小さな宮川地区ですが
古墳時代から続く歴史ある地域です。
弥生時代には稲作が営まれ、5つの小さな村ができ、
中世の文献には、政府にも認められていた地域であることも記されています。
戦国時代には山城が築かれ、戦略的に重要な拠点でもあったようです。

明治になり、5つの小さな村は宮川村として1つになり、
昭和になり、小浜市と合併し、現在の宮川地区となりました。

いにしえの人々は、歴史の荒波に流されることなく、一貫して田畑を守り続け、
今を生きる私達に大地の恵みをもたらしてくれています。

残念なことですが近年、高齢化で農業を続けることができない農家は年々増えています。
米価は下がり、生産効率は悪く、個人での農業機械の維持も難しく、なにより後継者がいない。
いろいろな要因が重なり、農業を辞めざるを得ない状況に置かれる人が増えてくるのは、
20年以上前から分かっていたことです。

その頃から対策検討を重ね、土地改良を進め、集落ごとに農業法人を立ち上げ、困難な状況に立ち向かってきた先輩方のこれまでのご苦労は、想像するに余りあります。

株式会社若狭の恵は、これまで尽力してくださった有志の方々や関係者の方はもちろん、理解を示しご協力をいただいた地区内農家の皆さんのお陰で設立できましたが、
集落ごとの農業法人をまとめ、大規模農業を進めていくことには、いくつもの困難が立ちはだかりました。なにより、各農家さんの田んぼを集積することは並大抵ではありませんでした。
誰もがご先祖さまから受け継いだ田んぼを、他人に任せるのは忍びない気持ちであったに違いありません。

そんな思いまでして、メガファームなんかにしなくてもいいじゃないかと、思われるかもしれません。

それでもメガファーム設立を推し進めたのは、この現状とこれから10年先20年先に思いを巡らせてれば、急速に変化し続ける日本そして、世界の情勢を前に、このままでは衰退の一途を辿るのが目に見えているからです。

メガファームになったことで、いままでに比べると、
作業効率を上げ、生産コストを下げることができます。

もちろん、それは大切なことですが、これからはますます、
この地の財産(自然・農地・人材…)を最大限に生かし、
今まで培われた先人の経験と知恵を結集して、尚且つ
先進的な技術を取り入れ実践し、データーを蓄積すること。
手間暇をかけるところは惜しみなくかけ
より良い品質の農作物を育てる努力を続けていくこと。
美味しさを追求し、人々の健康と地域の環境に貢献できる
お米作り、野菜作りにスタッフ一同励んでいくこと。
情報を発信し続け、もっと大勢の人にファンになっていただくこと。
に力を入れていくことになります。


そうすれば…必ず近い将来引き継いでくれる若い人達が、
安心して誇りを持って働ける農業法人に
育っていけると確信しています。

現在、宮川地区は250軒に満たない世帯数、800人に満たない人口は年々減り続けています。
寂しいことに数年後には小学校は合併され、宮川小学校は廃校になります。


「緑の香り芳しく 五穀豊かな清い里 若狭の誇る米蔵に 溢れる恵み 幸せいっぱい・・・・・・村の努力が花咲いて 明るい未来 楽しさいっぱい」~宮川小学校校歌より~

廃校になったとしても、この校歌を成長した子供達が胸を張って歌えるような、
そんな地域作りに貢献できたら…
そして、この地で暮らし農業をやってみたいと思う若者達が増えてくれたら
これ以上の喜びはありません。

『若狭の恵』の物語はここから始まります。

平成27年7月13日